ペニス―ツマン VS 2016年春アニメキャラ その2

 陽炎型航洋直接教育艦「晴風」。
 その内の教室のような一室に『異世界人』達は集い、自己紹介を兼ねて互いの世界の情報を交換していた。
 艦長・岬明乃(みさきあけの)と副長・宗谷ましろが経過を見守る中、議論は進む。
「……成程。つまり我々は、文化や時代背景、そして前提となる常識そのものが異なる世界から集められた、という訳か……」
 年長者である番場宗介が一区切りするように、まとめあげた。
「つまり、ここは遥か未来の日本なんですね。よくわかりませんが、これは紛れもなく、『神喰い』の影響ですね!」
 うんうんと静御前が思案顔で頷くが、おそらく何も理解していない。
「いや、そうとは限らない。君たちが私の知る歴史上の偉人、『静御前』と『源義経』であるとしても、日本で『神喰い』という怪物が跋扈したという記録は残っていない。そもそも、幻暦(げんりゃく)という紀年法にも覚えがない。根本的に私の知る日本とは別世界であると考えた方がいいだろう」
 番場の説明に、静御前は首を傾げながらも「つまり『神喰い』の影響なんですね!」と勝手に結論付けた。
「同じ日ノ本の国であったとしても、歴史に『ズレ』が生じている、ということか……」
「おそらく、そうだろう。私の知る日本では、君のいう『カバネ』の驚異にさらされたという歴史は存在しない。更に言えば技術レベルにおいても違いが見られる。江戸時代に蒸気機関を用いた技術はそこまでの水準には達していないはずだ」
 片腕に物騒な武器を取り付けた青年、生駒(いこま)の呟きに、番場が応じながら
「歴史の『ズレ』といったが……その最たるものが現在、我々がいるこの世界だろう。さながら『日本沈没』のように国土が海に沈み、海上都市と化した日本。ここには日本人が多いようだが、これを当たり前に受け入られる者は少ないはずだ」
「私たちにとっては、海に沈んでいない日本というのが想像できないのですが……」
 明乃が何気なく漏らした言葉に、番場をはじめとする『日本人』達が常識の隔たりを感じ取る。
「火星をテラフォーミングするような計画が進められている未来でも、そんなパニックホラー映画じみた現象は起こっていないぞ……」
 西暦2620年を生きる膝丸燈が呆れた調子で言う。
「人を食らう『奇獣』が生息する世界、『ヒーロー』が職業として存在する世界、人類の存亡をかけて『陰陽師』が戦う世界、『スタンド使い』という超能力者が存在する世界、人のトラウマが具現化する秘境『納鳴村(ななきむら)』が在る世界……ここまではあくまで日本……いや、地球という枠組みの中で語ってきたが……」
 番場が、銀髪のハーフエルフ・エミリアと魔法使いの少女・リコへと視線を向ける。
「……まさか、ここは大瀑布の向こう側にある世界……なの?」
「ナシマホウ界にもいろいろあるのね……勉強不足だわ……」
 ファンタジー世界の住民は共に頭を抱えていた。
 情報量の多さと常識の不一致に、聡明な二人でも理解が追い付いていない様子であった。
「剣と魔法の世界でも、一括りってわけじゃないよ。こちらの世界では、魔法の杖が『杖の木』から生み出されるなんていう風習はないからね」
「リコも『ルグニカ王国』って国は知らないみたいだし、同じマホウ界じゃないのかも?」
 精霊猫パックとナシマホウ界の(すなわち日本の)少女・朝日奈みらいが補足する。
「問題は、如何なる理由で我々は異なる世界から召集されたのか、という点だ。先ほど襲撃してきた『奇獣』への対策と元いた世界への帰還方法についても併せて……」
「……悪りぃ。ちょっといいですか?」
 ジャージ姿の青年、ナツキ・スバルが番場の言葉を遮るように立ち上がった。
 注目を浴びるスバルは、真剣な表情で室内を見渡しながら
「これからのことについて話し合うのも大事だと思うんすけど……あぁと、その……結論から言えば、さっきの怪物にはもっとヤバい元締めみたいな奴がいるんだ。あいつらはだだの尖兵で、近いうちに親玉がやってくる。だから、まずはその対策を……」
「ちょっと待て」
 ミッシェル・K・デイヴスが鋭い声音で割り込んだ。
「スバルといったな? お前はあの化け物を知っているのか?」
「……それは……」
 ミッシェルの指摘に、スバルは押し黙ってしまう。
 ナツキ・スバルは『死に戻り』という力を持っている。
 自らの死をトリガーに特定のポイントまで時間を巻き戻すという、非常に強力な能力である。
 そのため、スバルはこの先の展開、ペニス―ツマンとの激戦を既に経験していた。
 しかしながら、この『死に戻り』の能力に関することは、他人に話すことができないというデメリットが存在する。
 無理に口に出そうとすれば時間が止まり、『漆黒の腕』に心臓を握りつぶされるような激痛に襲われるというペナルティーが発生するのである。
 この先の展開を伝えたくとも、その根拠を口に出せない。そのようなジレンマの中で、スバルは苦悩していた。
「少なくとも、僕の記憶にはあんな姿形の『魔獣』に覚えはないよ。リアも同様のはずさ……スバルはどうかは知らないけどね」
「ちょっと、パック! そんな言い方……」
 パックの保身に走るような言動に、エミリアが抗議の声をあげる。
 そんなやり取りを気にも留めずに、ミッシェルはスバルを鋭く睨み付ける。
「……私は多くの部下と共に危険な任務についていた。今こうしている間にも、火星では部下達は戦い、中には命を落としている者もいるかもしれない……私と燈が抜けたとなっては猶更だ。私達は、一刻も早く元の世界に戻らないといけないんだ」
 静かな声であったが、威圧するような激情が込められた声であった。
「待ってくれ、俺はっ!」
「知っていることがあるならば、全て話してくれ! 何か話せない事情があるようだが、今はそんなものに拘泥している余裕はないっ!」
 ダンッ!と長テーブルに拳を叩きつけながら、ミッシェルは叫んでいた。
 威圧されたスバルが彼女から目を背けていると
「何か知ってるなら、話してよ。時間がないのはわたし達も一緒なんだ」
 気づけば、おかっぱ頭の少女・無名がスバルの目の前まで歩いていた。
「おいっ! 無名っ!」
「生駒だって気づいているでしょ? 甲鉄城を守る『カバネリ』が二人もいなくなったら、どうなるか。話さないっていうなら、ちょっと痛い目にあってもらうよ?」
 剣呑な雰囲気を醸し出す無名を前に、スバルを庇うようにエミリアが立ちあがる。
「ちょ、ちょっと、待って。乱暴なことをするのは……」
「どいてくれないと、きみも痛い目にあってもらうよ。えるふだっけ? そっちの飼い猫はよくわからないけど、きみ自身は『カバネ』よりは脆そうだし……」
「リアに手を出すっていうなら、僕も手加減はできないよ」
 精霊猫パックが冷気を生み出し、無名が首元の枷紐に手をかける。
「馬鹿! よせ、無名っ!」
「パックも落ち着いて!」
 生駒が背後から抱き着くような形で無名を止め、エミリアがパックを宥める。
 そして、一触即発となった空気に呼応するように
「何だかよくわからんが、貴様は元いる世界に帰る方法を知っているのだな! 今すぐ、私と静を戻してもらおうか! できれば、ラブな感じのホテルの一室などになっ!」
 興奮した様子の義経がスバルに詰め寄り
「ちょっと待ってください! 一人によってたかって、こんなのあまりに一方的ですよっ!」
 光宗がスバルを庇うように声をあげる。
 かつて納鳴村で真咲が疑いの目を向けられ、一人の少女が吊し上げられるまで暴走した『真咲狩り』を彷彿させる光景を、見過ごすことができなかったのである。
「そいつの言う通りだ! いい加減にしろよっ! こんなぎゃあぎゃあ騒がれたら、話せるもんも話せないだろうが!」
「……ろくろが一番……声が大きい……」
 八重歯をむき出しに吠えるろくろを、紅緒が平坦な声で諫めた。
「あぁぁぁ……不幸だぁ……訳のわからない怪物だけでなく、異世界人までが暴れまわるなんて……『晴風』はもうおしまいだぁ……」
「ちょっとシロちゃん、落ちついて……とにかく、この騒ぎを収拾しないと……!」
 頭を抱えながらうずくまるましろを余所に、明乃がわいわいと騒ぎ立てる『異世界人』達を宥めるため動こうとする。
「な、何かおっかない空気になっとる……」
「……ブツブツ……異なる世界……異能力……それでも『個性』に通じるものはあるはず……ブツブツ……」
 不安気な声を漏らすお茶子の隣では、モジャモジャ髪の少年・出久がブツブツと念仏のように何かを呟いていた。
 やがて意を決した表情で、出久が勢いよく立ち上がる。
「待ってくださいっ! おそらく、その人には話せない『理由』があるはずなんです!」
 出久の元へと、会議室中の視線が集まる。
「……言ったはずだぞ。どんな事情があろうと、拘泥している時間はないと」
「事情があるから、ではなく『個性』の制約的なものだとしたら?」
 怪訝な顔で眉を顰めるミッシェルへと出久が説明を進める。
「僕達の世界では、殆どの人が『個性』と呼ばれるコミックのヒーローみたいな能力を持っているんですが……それぞれの『個性』は決して万能なものではないんです。例えば、僕の『個性』は超人的なパワーを発揮できるけど、このようにコントロールができなければ、自分の身体を傷つけてしまうというデメリットがあるんです」
 言いながら、出久が骨折した右手の指を見せつけた。
 ボロボロに負傷した指を見て、ミッシェルや無名、スバルに詰め寄っていた者達も含めた全ての人間が息を呑む。
「多分、スバル君の『個性』は『予知』のようなものだと思うんです。ただし、『予知した情報の根拠を話すことはできない』という風なデメリットがあるものだと。それが、彼が話せない『理由』であると、僕は推測します!」
 出久の言葉に、スバルは目を見開き驚愕した。
(こいつ……マジでスゲェ……これなら全員の力を合わせて、アイツと戦うこともできるんじゃないか……?)
 元いた世界でスバルは、『死に戻り』がもたらす弊害、認識の齟齬と情報を共有できない歯がゆさに酷く苦しんでいた。
 思考の方向性が異なる『異世界人』だからこそ、完全ではないがスバルの能力の一端を理解できたのだといえよう。
「校長先生がよくやってる水晶さんの占い、みたいなのかな?」
陰陽道における式占(ちょくせん)……のようなもの……?」
「『死相が見える』っていう子は納鳴村にも居たけれど……」
 出久の解説に、半数以上はなんとか納得しているものの、一部はただ困惑している様子であった。
 そんな混乱の中、仗助と康一、二人の『スタンド使い』が出久の隣に並び立った。
「指、ボロボロじゃあねぇか……ちょっと見せてみな?」
「えっ? 何を……」
 困惑する出久の手を取り、リーゼントの青年・仗助は自らの『スタンド』を出現させた。
『クレイジーダイアモンド』の『治す』能力をもって、出久の骨折した指は完全に治癒されていく。
「あ、ありがとうございます……これはリカバリーガールと同じ『個性』……いや、治癒力の活性化どころじゃない……まるで時間が逆行しているような……」
 ブツブツと呟き続ける出久を余所に、仗助は周りを見渡すように宣言する。
「見ての通り、これが俺の『スタンド』……『クレイジーダイアモンド』の能力って奴ッス。壊れた物や怪我した生き物を元通りに治す能力なんスけど、もちろん万能な力って訳じゃあない。俺自身の怪我を治すことはできないし……失われた命を戻すこともできない」
 突如出現した人型のスタンド像に呆気にとられる『異世界人』達へ向け、小型のエイリアンのような像(ビジョン)を傍らに浮かべた康一が続ける。
「僕の『スタンド』は『エコーズ』と言います。漫画のような擬音を操るっていう、結構応用が利く能力なんですが、これにもパワーが弱いっていう欠点があります」
 二人の『スタンド使い』の解説に、無名は首を傾げた。
「何が言いたいの?」
「……要は異能は万能ではないということだろ。超人的な身体能力を持つ『カバネリ』が人間の血を必要とするのと同じように、異能にも何かしらの欠点があると言いたいんじゃないか?」
 むぅ……と頬を膨らませる無名を宥める生駒を横目に、ミッシェルがスバルと向かい合う。
「……先ほどは済まなかった。こちとら、SFチックな世界観なんでな。魔法やら超能力なんてモンには疎いんだ」
「い、いや……俺も何も説明しなかったわけで……」
「俺の上司が悪かったな。ちょっと怒りっぽいところがあるんだけど、それは誰よりも部下想いだからなんだ。美人さに免じて許してやってくれ」
「お、おぅ……」
 ミッシェルと燈の謝罪に面食らい、スバルは曖昧な反応を返す。
「……さて、話はまとまったようだな。これからは、スバル君の持つ『予知』のような能力に頼ることになるだろう」
 語りかけてくる番場へ向け、今まで放っておいた癖にどの面さげて言うんだこのおっさん……と口元まで出かけた言葉をスバルは何とか飲み込んだ。
「深くは追及しない。答えられる範囲でいいので答えてほしい。君のいう『奇獣』達の元締めは、いつ襲撃すると予測する?」
「あと数時間以内に来るはずだ……まず姿に面食らうと思う。何たって、アイツは……」
 スバルが言いかけた瞬間に、ガグォン!という爆音が船内に轟いた。
 同時に荒波に翻弄されたような揺れが、スバル達を襲う。
「う、そ……だろ……早すぎる!? 前のときはもっと……」
「甲板に向かおう。まずは事態を把握するべきだ」
 番場が困惑するスバルを立たせ、『異世界人』達は会議室を後にした。
 やがて、彼らは甲板で一人の男を目撃する。
 その男の瞳には『虚無』が秘められていた。
 その表情は難問に挑み続ける哲学者のように苦悩に満ちているようで
 また単位を修得できずに留年が決まった大学生のような絶望を秘めて
 はたまたFXで有り金全部溶かす人の顔のようでもあった。
「オタクくんは赤ちゃんがそのままおじさんになったみたいな顔してるね藁」
「坂上(さかのうえ)ェェェッ!!!」
 スーツ姿の男、坂上逆孤(さかのうえさかこ)へとスバルが憎悪を込めた声で激昂する。
『哲学する男性器』ペニス―ツマンとの決戦の火蓋が切って落とされた。