ペニス―ツマンが異世界転生 第1射精

「この人痴漢です!」

 電車内に金切り声が響いた。
 同時に、気が強そうな女性が一人のサラリーマンの腕を捻じり上げるように掴んでいた。
「何もしていません」
 周囲の注目を集めているサラリーマンは、覇気のない声で呟いた。
「いいから、降りなさい!」
 男の言葉は一括され、やがて周囲の人間に固められたサラリーマンは電車の外に引きずり下ろされた。
「駅員が来るまで大人しくしてなさい」
 女性が吐き捨てるように言い放つ。
 周囲の男達に乱暴に腕を掴まれたスーツ姿の男はただ立ち尽くしていた。
 その男の瞳には『虚無』が秘められていた。
 その表情は難問に挑み続ける哲学者のように苦悩に満ちているようで
 また単位を修得できずに留年が決まった大学生のような絶望を秘めて
 はたまたFXで有り金全部溶かす人の顔のようでもあった。
「……今日見た夢:えむさんかTwitterで『ちんちんをモルゲッソヨする(女性器に挿入するという意味)時なんですけど〜』と語り始める……」
 スーツ姿の男が覇気のない表情のままにブツブツと呟いた。
 怪訝な表情で睨みつける女性を前に、スーツ姿の男は徐にスラックスのジッパーを下ろし、己の逸物をぼろんと出した。
 モノホンの痴漢じゃないか!?と傍観していた人々が身構える中、スーツ姿の男は威風堂々と宣言した。
「変身」
 逸物から放たれる白濁とした閃光に包まれながら、その姿は異形へ変貌していく。
 身体には変化は見られず、依然きっちりとしたスーツが着込まれていた。
 しかしながら……その頭部が陰茎というか男性器というか亀の頭のような形状へ変化していたのである。
「ぺ、ペニスーツマンだぁ!?」
 野次馬の一人が驚愕の声を上げた。
 都市伝説。
 巷の噂の中で語られし現代の妖怪。
 曰く、哲学を極めた深淵に潜みし魔物。
 曰く、ストレスで変貌したサラリーマンの末路。
 曰く、単位を修得できず留年が決まった大学生の怨嗟。
 曰く、小学生の落書き。
 キッチリとしたスーツ姿の上に、ビンビンに勃起したペニスがおっ立つ異様な姿。
 様々な説で語られし怪異が人々の眼前に出現した。
「け、警察、だれか警察ゥゥゥッッッ!!!」
 痴漢されたと主張する女性が、金切り声を上げながらポーチから取り出した催涙スプレーを噴射した。
「ンアアアアアァァァォ!!!」
 スプレーの刺激を受けた怪異・ペニスーツマンは、その頭部……否、『亀頭部』をビクビクと膨張させた。
 瞬間、ペニスーツマンの亀頭部から白濁の液体が放射された。
 さながらポンプ車の放水の如く、勢いよく吐き出された精液によって、女性は向こう側のホームまで吹き飛ばされた。
「自慰と真摯に向き合わずにシコると本当に摩訶不思議なシチュエーションでシコる羽目になって何やってんだろう俺……感が強まる……」
 射精した後の賢者タイムに陥っていたペニスーツマンが、ふと周囲を見渡した。
 そこでは、呆気にとられた表情でスマートフォンを向ける民衆に取り囲まれていた。
「ち、違うんです! 今のは刺激でつい……」
 人々から向けられる軽蔑と好奇と恐怖が入り混じった視線に耐えられず、ペニスーツマンは逃げ出した。
 人混みを押しのけながら、制服姿の男達が逃げるペニスーツマンを追っていく。
 駅員のみならず、そこには警察も混ざっていた。
「このままでは痴漢扱いされて逮捕されてしまう!」
 言いながら、ペニスーツマンは線路に飛び降りた。
 少しでも駅員達から離れたい一心で、ペニスーツマンが線路の上を走り抜けようとした、その瞬間であった。
 ギギギギギャイーーーンギャリギャリンッ!
 ドカシッボッグガガガガガガボガボガ!
 ガコココココバキバキバキャキャキャ!
 ガコッガコッガッコガッグゴゴゴゴゴ!
 グモッチュイーーンボゴゴゴゴゴ……プチッ!
 列車に轢かれたペニスーツマンは、そんな轟音を響かせながら、この世界から消え失せた。