ペニスーツマンが異世界転生 第2射精

 まるで星空の中に放り出されたような、神秘的な空間であった。
 上下左右真っ暗な闇に包まれた中、遥か遠くで星々が瞬く宇宙のような異空間に、怪異ペニスーツマンから人間の姿へ戻ったサラリーマンが覇気のない表情で漂っていた。
「驚かないで聞いて欲しいのだが……君は死んでしまったのだよ、坂上逆孤(さかのうえさかこ)君。否、『ペニスーツマン』と呼ぶべきなのかな?」
「……はぁ。あの姿でも電車に轢かれれば死ねるものなんですねぇ……」
 眼前に出現した『人型の影』から徐に言葉が投げかけられた。
 どこか他人事のような返事をするスーツ姿の男、坂上へと『人型の影』は続ける。
「奇異な能力を宿す男、坂上よ。哀れにも冤罪で命を落とした君に、今一度チャンスを与えよう。君にはとある世界へと……」
「『異世界転生』……でしょうか?」
 言葉を遮られた『人型の影』が、ユラユラとその輪郭を揺らした。
「日本人は説明の手間が省けて助かるよ。その通り、ファンタジーな世界へと旅立ち、その能力を活かし、力を振るって欲しい。その奇異な力は現代の日本では持て余していたことだろう」
「持て余していたことを否定はしませんが……」
「ならば問題あるまい。転生者には所謂『チート能力』などと呼ばれる特典が与えられるのだが……」
 どうも煮え切らない態度をとる坂上を押し切るように『人型の影』が強引に話を進める。
「君には必要あるまい。既に特殊な能力を身につけているようだからな」
「出来ればスマホ繋がるようにして頂けると助かるのですが……現代っ子なので……」
 坂上の申し出に、数瞬『人型の影』が考え込むと
「そうか。ならば『異世界で使用可能なスマートフォンの持ち込み』という特典をつけておこうか。それでは、良き活躍を期待している」
『人型の影』の激励の言葉を最後に、坂上は眩い光に包まれ、やがてその意識を刈り取られた。

☆☆☆

「……どうすればいいのだろう」
 スーツ姿の男、坂上逆孤は途方に暮れていた。
 鬱蒼と茂る深林の中、木陰で体育座りしながら、坂上はただスマホを弄っていた。
「こんな森の中に放り出されるとは思わなかった……」
 怪異ペニスーツマンへと変貌する能力を持っていても、基本は平凡極まりないサラリーマンである坂上に、サバイバル技術など持ち合わせているはずもない。
 唯一の生命線であるスマホで『アウトドアで役立つサバイバル技術』などを検索しているが、豆知識をいくら仕入れたところで、直面している現実的な問題に解決するには至らなかった。
「着の身着の儘で転生されたものだから、ペットボトルもビニールシートも清潔な布も持っていないんだよなぁ……」
 ひとまず飲み水を確保しようとネット検索したものの、出てくるのは『ペットボトルで濾過する方法』やら『朝露を集める方法』やら気の遠くなる知識ばかりであった。
「一応は『チート能力』?扱いだからなのか、スマホのバッテリーが114514%で固定されているのがせめてもの救いか……」
 そんなことを呟きながら、坂上はフラフラと深林を探索していく。
 何にせよ水と食料を確保しなければ、と意気込み歩き慣れない森林をえっちらおっちらと進んでいく。
「解除方法が分からなくていまだに英検の試験監督と日雇いバイトの募集メール届く……んん?」
 スマホに表示される新着メールを見ながらうんざりと呟いていると、坂上は違和感を覚えた。
 キョッ!キョッ!キョッ!という怪音が森林に響いているのである。
 その奇怪な音は、坂上には聞き覚えがあるものであった。
「間違いない。これは蟷螂の鳴き声ですね……」
 坂上は人間の女体ではなく、虫の類に欲情する性癖を持つ男である。
 故に、昆虫の生態に関して造詣が深く、その知識を活かし鳴き声を分析したのであった。
 坂上は、さながら誘蛾灯に惹かれる羽虫のように、その鳴き声の出所へと歩んでいった。

「光よ集え、『ホワイトエッジ』!」

 其処には、妖精の如き美貌の少女が舞うように剣を振るっていた。

 白銀の鎧を着込んだ金髪の少女が、巨大な蟷螂の群れを相手に、光を纏った大剣をもってその悉くを斬り伏せていた。
異世界』に相応しい幻想的な光景を目撃した坂上は……

更年期障害だから唐突に世界にブチギレてしまう……!」

 斬り伏せられる蟷螂達を見て、怒りに震えていた。
 やがて坂上は、スラックスのジッパーに手をかけ、戦う決意を固めた。